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スルーハイカーの装備 ―ウルトラライト・ハイキング―

 ロングトレイルとは言っても、スルーハイカーは3〜7日ごとに補給を行う。さらに、全行程の地図やガイドブックとなると膨大な量になるが、それも郵便局の局留めを駆使することで区間ごとに必要な分のみを持ち歩くことが可能だ。とすれば本来スルーハイキングに必要な装備とは、一般のオーバーナイト・ハイキングと大きな違いはないはずである。しかし実際はどうか。現地の週末ハイカーの目にもしばしばスルーハイカーの装備・姿は異様に映るようだ。スルーハイカーの間には独自の方法論が育まれている。それは並外れて長い時間をトレイルで過ごしたスルーハイカーだからこそ得られた知恵である。何が必要で不必要か、「こうでなければならない」というドグマから抜け出して自由に考える。今やスルーハイカーの間では主流となりつつある方法論が「ウルトラライト・ハイキング」である。

 その主旨は、かつての既成概念に囚われず道具や方法をもう一度問い直して、本当に必要なものだけを持って身軽にスマートに歩こう、といったところ。何千キロものロングトレイルを食料・シェルター・寝袋などを背負って歩いた、などと聞くとごついブーツに頭の高さを越えるほどの大型バックパックを背負ってのストイックで過酷な冒険、そんな風に想像する人も少なくない。しかし現地の実際のスルーハイカーの姿は相当身軽、ランニングシューズにランニング用ショートパンツ、そして5キロ前後の小さなバックパック、というのも珍しくない。個人差があるので一概には言えないものの、実際のスルーハイカーの多くがベースウェイト(食糧や水などの消耗品を除いたバックパックの重さ)5〜7キロ程度のバックパックで全行程を歩いている。先に述べたように補給もこまめに行なうので、消耗品を含めても10キロを超えることはそう多くないだろう。本当に必要なものというのは驚くほど少ないものだ。何が必要で不必要かを知って装備をシンプルにすること、これはひとつの技術である。

 荷物が軽いことの恩恵は想像以上に大きい。体の負担が減るのはもちろん、気持ちは軽やかで、無理なく距離も稼げて、限られた日数では今まで不可能と思われたような行程も可能性が見えてきたりする。ウルトラライト・ハイキングの方法が、スルーハイクのハードルを下げ 、その成功率を高めてくれる。道具の数が少ないだけにトレイルでの生活はよりシンプルになり、自然と人間の生活との関係についてもより深く考える機会を与えてくれるかもしれない。

 むろん荷物を軽くするために安全を犠牲にしてはいけない。自然環境は時に厳しく、それに対応するための道具と技術は必要であるし、歩くのは自分であり誰も代わってあげることは出来ない。しかしウルトラライト・ハイキングは決して安直な楽観思想とは異なる。自然との向き合い方について真摯に考えた結果であり、石橋を叩いて渡るように、初期の提唱者の人々は自らの経験をもとにして慎重に既成概念の武装を解いていったのだと思う。ウルトラライト・ハイキングはギャンブルではない。繰り返すようだが、ドグマに囚われず自由に考え必要なものだけを持つ、それがウルトラライト・ハイキングだ。

 ハイキングを何ヶ月間も続けていると、自ずと必要なものと不要なものとの見分けも付いてくる。実際スルーハイキングの過程で徐々にバックパックが小さくなっていくハイカーというのは珍しくない。その理論や重量にこだわらなくとも、頭を柔軟にしてもう一度自分のハイキングを見直してみると色々気づくことも多い。

 ウルトラライト・ハイキングについてより詳しく知りたいならば土屋智哉氏の『ウルトラライトハイキング Hike light. go simple.』(山と渓谷社)を読んでみることを勧める。近年メディアなどによって、ウルトラハイキングの表面的な「軽さ」ばかりが強調されているが、この書の焦点はその根本にある哲学と、そしてまたその「軽さ」の先にあるもの。「軽さ」は手段であって目的ではないのだ。ウルトラライト・ハイカーに限らず、ハイキングに興味があるすべての人に勧められる良書である。

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